信仰は堅苦しい?

博士「ああ、ゴビちゃん、いらっしゃい。今日は何の用だい?」
ゴビ「博士、3月になっても寒い日がありますね。暖房器具が手放せませんよ。」
博士「本当だよ。春はそこまで来ているんだけどね~」
ゴビ「それでこの前、思ったんですが、石油ファンヒーターなんですが、電源入れてからしばらく火が点くまで間がありますよね。あの間っていったい何かなと思って。」
博士「な~んだ、そんなことか。石油ファンヒーターは、燃料を気化して燃やしているんだよ。だから、電源を入れてから、しばらくの間は、灯油を気化している時間なんだよ。だから、ガスファンヒーターの場合だったら、電源入れたらすぐ点くんだよ。」
ゴビ「なるほど、その間だったんですか。納得いきました。」
博士「ところでゴビちゃん、日々は勇んで通っておるかな?」
ゴビ「そういえば、この前、にをいがけをしたら『信仰なんて堅苦しいから嫌です。』って断られてヘコんだことがありました。」
博士「ほう、ほう、それでゴビちゃん、君は信仰は堅苦しいと思うかい?」
ゴビ「う~ん、確かに戒律のような、伸び伸びできない感じは少しあるような…」
博士「ゴビちゃん。信仰とは、幸福を求めてするものだよ。そんな暗い気持ちではいけないな~」
ゴビ「やっぱりそうですよね。」
博士「信仰をするには、自ら悟り、自覚することがまず大切なんだよ。」
ゴビ「つまり?」
博士「例えば、『留守番頼むわね。それから、あれとこれもしておいてね』と頼まれて、留守番だけならまだしも、あれもこれも言いつけてと不足しながら従うところには喜びは無いよね。でも、反対に自分の方から『今日はゆっくりいってらっしゃい。留守番は僕がしておくから。ついでにあれとこれもしておくから』と自発的に言えば、重荷にもならず、案外面白く、リズムもついて喜べるんだよね。」
ゴビ「ふむふむ」
博士「同じ事でも、させられるのとするのでは、大きな相違があるんだな。」
ゴビ「な~るほど」
博士「つまりは信心も、自らの自覚から出発して悟るのであれば、決して窮屈でも、退屈でも無いんだよ。」
ゴビ「博士。自発って大切なんですね。僕も山陰の出だから、どうも奥ゆかしいところがあるのかな。信仰を積極的にとらえることが大切なんですね。よ~し、がんばるぞ~。」
博士「ありゃりゃ、これは、ゴビちゃん、お勇み様ですな~」