手のはたらき
やあ、みなさん、明けましておめでとうございます。みなさんは良いお正月を過ごされましたか?おもちもたくさん食べましたか?ところでみんなは大晦日の紅白歌合戦は見ましたか?僕はちょうど、けん玉演歌歌手の三山ひろしさんを見たんだ。一昨年失敗したけん玉の基本的な技のひとつ「大皿」を、124人連続で成功させるというギネス記録に再度チャレンジしてたんだ。集まった140数名の人たちは、みんなけん玉の名人だったそうだよ。だからリハーサルでも25回やって24回成功してたみたいだね。だから、番組本番も見事成功でギネス世界記録を樹立できたんだ。見てるほうがハラハラするよ。ボクは手が不器用だから、けん玉はまるっきしダメなんだよね。見ていると上手な人は手のスナップが素人とはちがうよね。そう、手の返しが大事なんだ。
ということで手について少しお話するよ。手というと、日本では働き手、稼ぎ手あるいはヤリ手など、生活を支える役割を担うものとして理解されているね。
神様のご守護から申しますと、手はをふとのべのみことの理の領分になるんだ。大手を伸ばし万物の物の引き出し、引き伸ばしの守護をして下さいっているのが、をふとのべのみことなんだよね。成功するのも立身もこの範囲になるんだ。
そもそも手は、自分自身のためには、あまり働けないようにつくられているよ。右手のかゆみをとるのは左手であり、左手の痛みをなぜなぜするのは右手の役割だよね。おさづけの取り次ぎも病人に対してであって、自分には取り次げません。つまり手は、はたはたのために働くというのが本質なんだ。
人間の顔は前向きになっている。手はその顔の向きに添ってこそ働ける。背中をかくなど後ろ向きに働くことも多少はできるけど、この効用は知れたものだよね。
正しいことをしている時、顔は堂々と正面を向いているけど、後ろめたいことや、やましいことをやってると、人に顔向けができないということになるよ。みせちゃならん、見られちゃ困るというわけなんだ。こうなると手が後ろに回るようになりる。全くロクなことがないんだ。
手が人のために使うようになっているのは、わが身わが家のためだけ使っていると、運命が行き詰まるよということで、これを教えて下さっているのが手の身上だと思うんだ。はたはたを(楽)させるために働けばいいものを、はたはたを困らせたり苦しめたりすることに手を使っていると、だんだん身動きがとれないようになるんだ。つまりをふとのべのみことの守護がなくなり、ペッタンコになるわけなんだ。分かったかんら、みんな、手の使い方を間違えないでね。
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