神様に同行していただこう
元気?ことわざで「十人十色」っていうけど、本当そうだよね。先日、友達たちと寄せ鍋をしたんだ。味は一つなのに、一人は辛かったというし、一人は甘かったというし、僕はとても美味しいと思ったけど、味が幾通りも別れるんだよね。
なぜだろう?それは、生活環境による自己流の味わい方のせいだと思うんだ。そう自己流のね。
でも、僕思うんだ。世の中は全てにおいてこんな感じだなって。良い方に悟る人、何でもひがんで感じる人。人の運命は、この時点で別れる、いわゆる運命別れポイントだね。
どうしてこんなになったかと言えば神様の言葉にこうあるよ「よう聞け、神の理、心というはみんな同んなじ心、その中に取りようが間違う、神の理が治まらんから違う」と仰せられたんだ。どういう意味か分かる?
人間が、神さまから、この世に生存を許された当初は、皆同じ心であった。それが出替わり、生まれ替わりする間に、自分勝手の心を使って来た為に、神の思いが汲み取れなくなったってことだよね。
だから僕たちは、これから一切の事を神の教え、即ち教理で判断すれば、自己流がなくなる、つまり運命別れポイントで道を間違えることなくなり、神の望まれる日々の通り方が出来るということだよね。これが神様と同行二人であるというわけ。
人生行路に何の心配もない通り方だよね。ちなみに自己流の通り方には神様は同行して下さらぬから注意してね。
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