微力でも教会に関わりたい

 今月の月次祭(楯縫)の日、楯縫通信に自分のコラムを設けてほしいと希望したところ、あっさりと承諾してもらった。と思い立ったのも、微力でも教会に関わりたいとの、折角おぢばに居てるんだから、ここから発信できる事があるのでは、と考えたからだ(ホンマは最近、内容が寂しくて、それが気になっただけやけど)。
 なんて偉そうに言ったものの、お道に対する教養が深いわけでも、これといって伝えたい事があるわけどもない(なんで希望すんねん!)のでこれといったテーマも決めず、あった事、思った事を自由に、天理教という枠にこだわらずやってみたい。(勝手ですみません、エッセイ風ってことで了承して下さい)
 タイトルは、
 「しょうじの書」
 自分で決めかねたんで、編集者に任せた(ホンマ勝手や)。一体どんなんになるのかな…
  そこで初回に、何かないかな?何か変わった事は?と思案してたら、自分自身の大発見に気付いた。ちょっと恥ずかしいんだけど、私事ですが、最近『本』が読めるようになった! はぁ!? と思うだろうけど、今27才で、26頃までは読書した事なかったんです。本当に。(全く活字ってのが無理やったんよね。今、読書好きやもんなぁ~)
 普通、人が変わる時は理由や切っ掛けがあるはずだ。もし戦隊ヒーローが、直立不動に無口で変身したら気持ち悪いもんな。(これ、いい喩えちゃうか)知らないうちに切っ掛けがあったのかな?本当に見当がつかない。
 今は、何故か『竜馬がゆく』を読んでいる。いつ頃から読み出したか考えてみると『バカの壁』辺りからだと思う。養老孟司の本は、4,5冊は読んだと思うけど、この人の著書はオモシロイですね。それに村上和雄先生(筑波大学名誉教授・典日分教会信者)のも、そこそこ拝読して、かなり影響受けてるし、最近では『ダビィンチ・コード』これ最高。(メチャ売れてるし、まだの人は絶対読もう)そして最後に(実はこれが宣伝したかっただけなんだけど)増田正義の『ほっ』(善本社)です。この著者は、ボクに、お道・信仰する事がどんなに楽しく、おもしろい事なのかを教えてくれた恩師なんです。別に偉い先生でもなく、今は、教化育成部ってところで本部勤務してる普通の信者さんです。
 この本は、ボクが学生の頃「あの話からこんなの作ってみたぞ」って事情や普段の会話から、一言はなしのようなものを作って便箋に書いて渡してくれたものが、巡り巡って、出版社の社長の目に止まり、世にでることになったものなんです。取り合えず、みなさんがほっ(・・)とする事受け合いです。一読してみて下さい。(確か教会にも一冊あったはず)
 なんかただの宣伝になっちゃったけど、まず初回で伝えておきたかったのは、下手くそでも、素人だから大目に見てってこと。だって辞書片手に読書してるからね、漢字や意味分かんないもん(それ素人以前の問題やん)。まぁ、足らないところは気持ちでカバーするんで暖かい気持ちでご覧あれ。そろそろ締めたいんだけど、どうしたらいいの?う~ん、次回は頑張ります。皆さん良いお年を~(・∀・)